SLPY

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§ 主な登場人物紹介

真紅 少しも変わらずに時をのぼっていく究極少女な第5ドール。

雛苺 春の甘い黄昏を感じ続ける第6ドール。

翠星石 土に乾いた指で美しいものを作り出す庭師な第3ドール。

蒼星石 失くせるものと譲れぬものとを選び取っては寂しさと諦めに植え込む第4ドール。

水銀燈 闇夜の水面で手招きしている第1ドール。

金糸雀 味付け海苔が好き。

珪孔雀 何もかも捨ててまやかしに飛び込むほど弱くはない第8ドール。

雪華綺晶 涙と溜息とで来た道は沼地に変わって後戻りはできない第7ドール。

薔薇水晶 血だらけになってうろつく獣も恐れない槐ドール。

銀華てふ子 さまよう獣たちの姿が自分と知っても哀れまないゼロドールとその憑座。



§ nのフィールド・ローゼンの箱庭

珪孔雀「水銀燈お姉様~っ! アリスゲームでブイブイ言わせてた武勇伝、今日も聞かせてくださーい!」

水銀燈「……」プイッ

珪孔雀「寝たふりしたって駄目なんですからね」ユサユサ

水銀燈「うるっさいわねぇ…。アリスゲーム時代の話なら、もう全部あんたには話したわよ」

珪孔雀「そんなことないはずです。めぐさんは『水銀燈にはもっと引き出しがある』って言ってました」

水銀燈「あの子ったら、また余計なことを」

めぐ「全然、余計なことないでしょ~?」ヌッ

水銀燈「めぐ…!」

めぐ「珪孔雀ちゃんと談笑してて気づいたんだけど、まだまだアリスゲームのこと知らないじゃない、この子」

水銀燈「……」

めぐ「特に水銀燈が一番輝いていた時のこと! 真紅の腕をもいだり、翠星石の足をもいだり、蒼星石のミスティカ横取りしたり!」

水銀燈「ッ!?」

めぐ「どうして、水銀燈ってば珪孔雀ちゃんに話していないの!? 自分の黄金時代でしょ?」

珪孔雀「そうです! そういう水銀燈お姉様の活躍は聞いていません。私、気になってるんですから!」

水銀燈「いや、別に、そんな私の話はどうでもいいでしょ? 黄金時代っていうか、むしろ黒歴史…」

珪孔雀「私も薔薇乙女の端くれならば、黒歴史も知っておくべきだと思うんです!」

めぐ「珪孔雀ちゃんの言うとおりよ。それに、ニューカマーのてふ子ちゃんも水銀燈伝説を聞きたがってるんだからね」

水銀燈「うっ…!? てふ子まで付いて来てるの?」

てふ子「すいぎんとう 聞かせて れじぇんど」ヒョコッ

水銀燈「レジェンドって、あんたねぇ…」

めぐ「水銀燈、何から話していいのか困ってるのなら、私が助け舟を出してあげようか?」

水銀燈「はぁ?」

めぐ「えーとね、それじゃあ、あの話がまた聞きたいわ。ほら、ドジョウ事件!」

水銀燈「ドジョウ事件…? 何それ…?」

めぐ「やだもう! 何とぼけてるの? 真紅の鞄にドジョウを入れようとしたら抵抗されて、水銀燈の鼻の穴に入った事件!」

珪孔雀「えっ? そういうのもあったんですか! 流石、水銀燈お姉様! 黒歴史も抜群なんだから!」

てふ子「ありすげーむ こわい」

水銀燈「そんな事件あってたまるかあっ! 勝手に事件を捏造しないで頂戴、めぐ!」

めぐ「うっそだー! 捏造なんかじゃあないもん! 気絶した水銀燈のお腹を私が押したげてドジョウを吐き出させたのにー!」

珪孔雀「てふ子サン、やはりアリスゲームは私達の想像以上に陰鬱で凄惨だったようです。私、怖いです」

てふ子「どじょう おいしい」

めぐ「水銀燈がどうしても話さないのなら、私が勝手にこの子達に水銀燈伝説を話すけど、いいの?」

水銀燈「絶対ダメ! 今のドジョウ事件みたいに適当ぶっこむ気でしょ! あんた!」

めぐ「じゃあ、水銀燈が自分で話すしかないじゃない」

水銀燈「ぐぐぐ…! 私を脅す気? めぐっ…!」

めぐ「えー? ぜーんぜん! ぜーんぜん、そんなことないんだけどなー、でもなー、水銀燈がなー」

珪孔雀「残念ですが、水銀燈お姉様が口を閉ざすのであれば、めぐサンからお話を伺うしかありません」

てふ子「すいぎんとう コミュしょう」

水銀燈「おのれら…!」



蒼星石「突然だけど、どうも、僕です!」ヌッ

薔薇水晶「…お邪魔します」ヌンッ



めぐ「そ、蒼星石に薔薇水晶!? 本当に唐突ね! びっくりしたわぁ」

てふ子「……」

珪孔雀「蒼星石お姉様と薔薇水晶お姉様? 少し珍しい組み合わせで来られましたね」

水銀燈「呼んでもないのにジャストなタイミングで助かったわぁ。これで今の変な話の流れは無かったことに…」

薔薇水晶「助かった? 何かお取込み中だったので…?」

蒼星石「ひょっとして邪魔しちゃったかな? だったら少し時間をおいて、また来るけど」

水銀燈「邪魔じゃない! ジャストなタイミングって言ったでしょ! 今でも大丈夫! いや、今がいい!」

蒼星石「随分と水銀燈らしくない慌てっぷりだけど、まあ、いいか…」

めぐ「もうっ、折角いい所だったのに。けれども水銀燈いじりはまた別の機会にするわ」

珪孔雀「お二人は何の御用なんです?」

薔薇水晶「庭師連盟のクエスト、ご存知ですか?」

水銀燈「…知らないわねぇ」プイッ

蒼星石「流石は水銀燈だ。話が早い、実はそのクエストで君に手伝ってもらいたい案件がある」

水銀燈「あのねぇ、今、私は知らないって言ったんだけど?」

めぐ「水銀燈、嘘つくの下手すぎ。今の完全に知ってて『知らない』っていう声のトーンだった」

てふ子「すいぎんとう だめだめ」

水銀燈「…ッ!?」

珪孔雀「庭師連盟のクエストなら、私でも知っていることですから」

薔薇水晶「そう言えば、珪孔雀には既に一度、別件で手伝ってもらったこともありました」

珪孔雀「庭師連盟…、nフィーの夢の庭師達の互助組織で、蒼星石お姉様はその連盟の名誉会員ですよね」

蒼星石「名ばかりの名誉会員さ。それに今、一番元気な庭師は正規の会員達よりも『狩庭師(仮庭師)』達だ」

水銀燈「連盟が自分達の人手不足解消のために、依頼案件(クエスト)受注専門の輩も庭師認定したってアレか」

蒼星石「そうそう。やっぱり、よくご存知じゃあないか水銀燈」

水銀燈「……」

薔薇水晶「お陰様で私のような怪しげな人形も、狩庭師として仕事をいただけています」

水銀燈「それどころか、nフィー内で連盟と敵対している『東果重工』や『渡し守の集い』に属していても狩庭師になれるんでしょ?」

薔薇水晶「そのとおりです」

水銀燈「まったくもって、nフィーの奴らは節操無しばかり。お父様もどうしてああいう手合いを野放しにしているのやら」

蒼星石「nフィーは広大だからね。それに敵対関係も最近は緩んできている、狩庭師制度も一種の融和制度とすら言える」

めぐ「ものは言いようねぇ。大体、そういうのって次の大きな争いに繋がる火種だって世界史の教科書に書いてたけど」

蒼星石「……」

めぐ「蒼星石?」

蒼星石「まあ、その時はその時だ。それより、そろそろ手伝ってもらいたいクエストについての話をしても?」

水銀燈「…黙れって言ったとしても、話すんでしょ」

蒼星石「ありがとう、その言葉が聞きたかった。端的に言うと、アトラク=ワカメの対処の依頼だ」

てふ子「あとらく わかめ?」

珪孔雀「何です、それ?」

薔薇水晶「nのフィールドの記憶の海に繁茂しているワカメです」

めぐ「そのワカメちゃんがどうしたっていうのよ?」

蒼星石「すさまじい勢いで大繁殖している。記憶の海の一部がまるで緑の絨毯で覆われたかのようになってしまった」

水銀燈「…で? たかがワカメが増えたことで何か問題でも?」

薔薇水晶「近くを通る生物や霊魂はすべてその大繁殖したワカメに絡めとられて消化されてしまっています」

蒼星石「nフィーのワカメは気が荒い。まるで食人植物(マンイーター)かそれ以上、まさにアトラク(引き付ける)だ」

てふ子「わかめ こわい」

めぐ「そう言えば、外の世界でもワカメは海外で超一級の侵略的外来種だとか、聞いたことあるけど、流石に人食いでは…」

薔薇水晶「アトラク=ワカメの猛威は留まることを知りません。魚や海獣どころか船すら被害に遭う始末」

蒼星石「特に渡し守が被害を受けている。そして『渡し守の集い』が庭師連盟を介してワカメ対処のクエストを出した」

水銀燈「渡し守ねぇ…、あいつらもあいつらで、庭師以上に生業が何だかワケ分からん奴らだけど…」

珪孔雀「アトラク=ワカメによる物理的な被害も恐ろしいですが、生態系へのダメージも無視できないのではないですか?」

蒼星石「うん。記憶の海の生態系がダメージを受けると外の世界の人達の心も無意識レベルで荒む」

薔薇水晶「このままアトラク=ワカメによって、記憶の海の多様性が失われると人類の思考の多様性も低下しかねない」

めぐ「そういうものなんだ」

蒼星石「逆に、外の世界で人類意識の多様性が脅かされるような非常事態があり、そのせいでアトラク=ワカメが暴走したとも言える」

めぐ「ん? んん…? 逆…に?」

薔薇水晶「卵が先か、鶏が先かみたいな議論ですので、お気になさらず柿崎めぐ」

めぐ「う、うん」

水銀燈「どっちでもいいような、無駄な議論だこと」

蒼星石「ちなみに、こういったことを考えたり検証するのが、渡し守達の生業でもあるのさ水銀燈」

水銀燈「ああそう、まあ大体の事情は分かったわぁ…」

珪孔雀「今回はそのお化けワカメ退治をするってことですね! 不肖この珪孔雀もお手伝いさせていただくんだから」

水銀燈「…珪孔雀、それは違うわ」

珪孔雀「えっ…? 違う? な、何がです…?」

てふ子「けいくじゃく さきばしり」

珪孔雀「て、てふ子サンまで? 私、何か早とちりをしてました? 蒼星石お姉様?」

蒼星石「……」

水銀燈「いいこと珪孔雀? さっきから蒼星石はワカメへの『対処』と言っていて、『退治』とは言っていない」

珪孔雀「…ッ?」

水銀燈「蒼星石は回りくどい言い方はあまり好まない子よ。退治が目的なら最初からそう言っているはず。あるいは『駆除』とか」

めぐ「へぇ~。水銀燈は回りくどい言い方が大好きなのにね~」

水銀燈「…ふんっ」

蒼星石「…アトラク=ワカメは駆除や退治ができるとかいったレベルではない域にまで増殖してしまっている」

薔薇水晶「どのように優れた庭師でも、あの増え続けるワカメを断ち切ることは不可能と言ってしまってよいでしょう」

てふ子「ふえる わかめ」

珪孔雀「で、では…? 退治するのではないとしたら、クエストの中身は何なのです?」

蒼星石「それは…」

水銀燈「ここまで来て、何を言い淀んでいるんだか。焦土作戦なんでしょ?」

蒼星石「…ッ!」

水銀燈「さっきはああ言ったけど、やっぱり何だか回りくどくなったんじゃあないの? アンタ?」

蒼星石「すまない。しかし、どうして焦土作戦だと分かったんだい?」

水銀燈「そもそも、まっとうな作戦だったら、アンタは私じゃあなく真紅達を頼るでしょ」

蒼星石「そこまで見透かされていたか」

めぐ「…焦土作戦って、敵の進行を苦しくするために、進行ルートの自領土の資源を枯渇させちゃう作戦よね?」

薔薇水晶「そうです。今回はそれを記憶の海中のアトラク=ワカメに対して仕掛けます」

蒼星石「見せるのが後回しになってしまったが、これが今回のクエスト紹介内容だ」ピラッ



C+クエスト 『アトラク=ワカメ増殖阻止作戦』

【概要】記憶の海で増殖を続けるワカメのこれ以上の大繁殖を食い止めるために
ワカメ群の外縁部にエナツボカビを散布し、周辺海域の状態を貧栄養化させます。

【支給品】庭師の胞衣壺(エナツボ)

【依頼者】渡し守の集い



珪孔雀「エナツボカビ…を使うのですか? このカビでワカメがやっつけられると?」

蒼星石「いや、ワカメはやっつけられない」

珪孔雀「え?」

水銀燈「だから、さっきから焦土作戦だと言ってるでしょ。カビを使っても抑えられないレベルまでワカメは増えている」

薔薇水晶「カビがやっつけるのはワカメではなく、ワカメ周辺海域の他の無関係の生物達です」

珪孔雀「…ッ!?」

蒼星石「アトラク=ワカメに栄養を渡さないため、ワカメの周囲の生物がワカメに近づく前にカビで殺す」

めぐ「……」

薔薇水晶「もちろん、アトラク=ワカメは捕食に頼らずとも、普通に海水から養分を吸いとって生存できます」

蒼星石「しかし、その状態が続けばワカメの増殖速度は落ちる、やがて暴走前の群密度に落ち着くだろう」

めぐ「そのカビ作戦って本当に大丈夫なの? エナツボカビのせいで変な被害とか広がったら…」

蒼星石「そこは庭師連盟と渡し守の集い…さらに東果重工も雁首揃えて何度もシミュレーションした」

水銀燈「カビによる二次災害も織り込み済みってわけか。それでそのシミュレーションとやらの結果は?」

薔薇水晶「シミュレーションの結果、アトラク=ワカメをこのまま野放しにするよりは被害は軽い」

てふ子「……」

薔薇水晶「私のお父様も念のためシミュレーションの再確認をしていますが、結果は同じです」

蒼星石「それどころか槐先生の見立てだと、カビの犠牲になる生命はワカメの犠牲になるだろう生命の半分以下だ」

珪孔雀「それでも…、半分近くが」

めぐ「多数を生かすために少数を殺す。何か似たような問題が流行ったわよねぇ、外の世界でも」

てふ子「とろっこ もんだい」

めぐ「そうそうトロッコ問題。まあ、私は多くが助かるなら、深くは考えずにレバー切り替えるけど」

水銀燈「やれやれ。アンタはそういう子よね、めぐ」

めぐ「だから水銀燈のマスターにも選ばれたんだって、思ってるけど」

水銀燈「……」

珪孔雀「生命の選択…ですか、確かに真紅お姉様達には相談しづらい作戦です」

めぐ「真紅ちゃん達だと、絶対に誰も犠牲にしないとか言い出しそうだもんね~」

蒼星石「…庭師連盟にとっても、僕にとっても苦渋の判断だ」

水銀燈「正直、話の途中のどこかで、協力を断ると言ってやろうと思っていたんだけど…」

薔薇水晶「水銀燈?」

水銀燈「面白くなってきた。今回はアンタに協力するわぁ蒼星石」

珪孔雀「面白くなってきた…て、不謹慎なんですから水銀燈お姉様!」

水銀燈「不謹慎が怖くて、マスターの生命を磨り減らすアリスゲームはやってられなかったっての」

薔薇水晶「……」

めぐ「結果だけ見れば、アリスゲームのせいで私も死んじゃってるしね~」

珪孔雀「むむむ…」

水銀燈「それに私が面白いって言ったのは、蒼星石アンタに対してだから」

蒼星石「…?」

水銀燈「多数を生かし少数を殺す苦渋の判断? 違う。この程度の判断、蒼星石にとっては苦渋でも何でもない」

蒼星石「……」

水銀燈「それでもアンタは苦渋だと言った。まだ何か裏があるんでしょ? それを今回の作戦内で見極めさせてもらうわぁ」

めぐ「水銀燈…」

水銀燈「そんなわけで、私は蒼星石と薔薇水晶と一緒にカビ作戦に参加する」

珪孔雀「え? あ…、では、私はどうしましょう?」

水銀燈「ふうっ…、珪孔雀アンタはてふ子やめぐと一緒に留守番がお似合いよ」

珪孔雀「で、ですが! 私だって…」

薔薇水晶「珪孔雀、迷ったら来るな…です。迷いがあるのなら、来ない方が良い。参加しないというのも一つの正解です」

珪孔雀「薔薇水晶お姉様…」



§ それから数日後・作戦決行の日・記憶の海上・東果重工の駆潜艇の甲板にて

水銀燈「準備に数日かかるなんて。誘われた方の私のモチベも考えなさいよ」

蒼星石「カビの散布に適した潮流の日を待たなくちゃいけなかったんだよ」

雪華綺晶「それに、艦艇の数も揃える必要がありましたわ」

珪孔雀「私達の乗っている船以外にもたくさんの船が出発していましたよね」

水銀燈「…雪華綺晶がしれっといるのはともかく、珪孔雀まで来ることになるとは」

珪孔雀「意外でしたか? 私だって、覚悟を決める時は決めるんですから」

水銀燈「はいはい…、けど確かに今はもう遠くの洋上に見えるだけだけど、よくもまあこれだけの船の数…」

薔薇水晶「多数の船で同時多発的にカビを散布せねばならぬほどアトラク=ワカメが広がっているのです」



ナナキ「そういうことよ。それにこれだけの船を動かすんだから、色々と根回しや下準備が大変だったの」ヌッ



蒼星石「ナナキさん!? ナナキさんも、この船に回されていたんですか? お久しぶりです」

ナナキ「ハァイ蒼星石、久しぶり~。シキ兄ぃも同船してるはずだから、もし見かけたら挨拶してあげて頂戴」

蒼星石「はい」

水銀燈「…誰だっけ? あいつ?」ヒソヒソ

雪華綺晶「庭師連盟幹部、十人兄弟の七番のナナキですよ。忘れたんですか?」ヒソヒソ

水銀燈「いちいち覚えていられるか」

ナナキ「あらん? 水銀燈もこの船か~、別の船担当になったトキは悔しがるなぁ、これは」

水銀燈「……」

ナナキ「あと、東果重工や渡し守の集いの実力者も同船してるから、紹介しておこうか? どうせなら挨拶しとけば?」

珪孔雀「挨拶なんてしている暇、今の私達にあるんですか? 皆様、作戦行動中では?」

蒼星石「いや、挨拶は大事だ。古事記にもそう書いてある。機を見て、彼らにも声ぐらい掛けておこう」

薔薇水晶「実際、作戦自体は船の上からカビを撒くだけですし、それ以外は自由時間みたいなもの…」

雪華綺晶「この船も目標地点に到着するまでは、まだ小一時間ほどあるようですわ」

ナナキ「そうそう。みんな船内の立食会場で腹ごしらえしているわ」

珪孔雀「ええっ? 立食パーティーなんてやってるんですか?」

ナナキ「立食って言っても、ちょっとした軽食よ」

蒼星石「好都合だ。僕達も少し何かつまみながら挨拶に向かおうじゃあないか」

水銀燈「挨拶回りなんてのは、私の性じゃあない。やるなら蒼星石達だけでやりなさいよ。私は海を見てる」プイッ



§ 挨拶回り開始・船内大広間・立食会場

蒼星石「ドーモ、東果重工の掃除係=サン。蒼星石です」

掃除係長「げっ? ローゼンメイデン…!?」

掃除係A「な、何の用だよ! こっちはただのしがない掃除係だぞ! 悪いこと何もしてないからな!」

掃除係B「落ち着け! 東果重工社員は狼狽えない!」

雪華綺晶「何ですか、この三人組…」

蒼星石「ええと、東果重工でもやり手のチームだとナナキさんも言ってたから、ご挨拶をと思ったんだけど」

珪孔雀「恐縮されている…というよりは、随分と私達を忌避されているような…?」

掃除係長「いやいや、そんなことは全く…と言いたいところだが」

掃除係A「こちとら、薔薇乙女関係の仕事で失敗ばかりをやらかして左遷された身なんだよ!」

掃除係B「そういうわけで自業自得ながらも、我々は薔薇乙女達を快く思っていない」

掃除係長「とは言え、さっきのリアクションは失礼に過ぎたかもしれん、謝罪する」

掃除係A「そこまで畏まらなくてもいいんじゃないっすか隊長? 今は勤務中でもなくバイト(狩庭師)なんですし」

掃除係長「隊長じゃなくて、係長と呼べ。いつも注意してるのに、お前はもう…」

掃除係A「ちぃ~っす。すいませーん」

掃除係B「と言うか、うち(東果)はバイト内容も後で詳細な報告書の提出義務があるぞ。忘れたのか?」

掃除係A「うへぇ、マジでかぁ? やっぱ、バイト解禁とかおかしいと思ってたんだよ」

薔薇水晶「東果重工は相変わらず…と言って良いのでしょうか」

珪孔雀「で、でも! この船はじめ、作戦に参加している船のほとんどは東果重工のものですよね? すごいです!」

掃除係長「……」ジト~

珪孔雀「うっ? わ、私、何か失言でも…?」

掃除係B「失礼な事を聞かせてもらうが、その水色の子が薔薇乙女新入りの珪孔雀か?」

蒼星石「ああ、そのとおりだ」

掃除係A「それじゃあ知らないのも無理ないな。東果重工の艦艇は少なくない数が水銀燈や金糸雀に沈められてんのさ」

珪孔雀「ええっ?」

蒼星石「今でこそ同舟の仲だけど、nフィーの各勢力と薔薇乙女は敵対していた時期もあったんだよ、珪孔雀」

雪華綺晶「まるで今は敵対していないみたいな言い方ですわね、蒼薔薇のお姉様」

蒼星石「おや、そうかな?」

珪孔雀「あ、ええと…、その! すいません、私、知らないとは言え…とんだことを」

掃除係B「気にする必要はない。こっちが言うのも何だが、船を沈めたり沈められたりは当時の正当な戦闘の結果だ」

珪孔雀「そ、それでも、すいません! 過去に正当な背景があったとしても、今の私が失礼したことには変わりないんですから」

掃除係長「ピュアな子だなぁ。金糸雀とは大違いだ」

薔薇水晶「しかし、珪孔雀? nフィー内での騒乱について、水銀燈から詳しい話を聞いたことはないのですか」

珪孔雀「nフィーには人攫いが出るとかぐらいしか、水銀燈お姉様からは聞いていません」

蒼星石「説明が適当すぎるよ、水銀燈…」

珪孔雀「やっぱり、今後はちゃんと水銀燈お姉様から話を引き出さないとダメなんだから」



渡し守「…平謝りしている薔薇乙女とは、これまた珍しいものが見れたもんだな」ヌッ



掃除係A「渡し守の旦那!?」

雪華綺晶「おやおや、あなたは…! お久しぶりですわね、お変わりないようで何より」

渡し守「どうだ雪華綺晶? 一つ、その妹を見習ってお前も謝罪をしてみては?」

雪華綺晶「謝ることなど、私にあるとお思いですか?」

渡し守「変わらん奴だ」

珪孔雀「…この修道士かアサシンみたいな恰好の方はどういった方なんで? 蒼星石お姉様?」ヒソヒソ

蒼星石「渡し守だ。しかも、口ぶりからするに、どうやら彼は雪華綺晶の苗床にされていた人物らしいな」

珪孔雀「ヒェッ…!」

薔薇水晶「……」

掃除係長「渡し守さんよ? あんたも薔薇乙女に煮え湯を飲まされた口だったのかい?」

渡し守「そんなところだ。お陰様で渡し守の集いの中でも立つ瀬が無くて、今日も狩庭師(バイト)に参加だ」

雪華綺晶「おや? あなたはこちらの東果重工の方達とは既に知己なので?」

渡し守「まあな、狩庭師としての仕事で何度か一緒している」

掃除係長「お? そうだったっけ?」

渡し守「そうだよ」

掃除係A「不思議な縁だよなぁ。東果と渡し守が、記憶の海の庭仕事で共同作業なんてよ~」

掃除係B「不思議なものか。全部、庭師連盟の策略さ。システム(枠組み)を作って、他勢力を取り込んで牛耳ろうとしている」

掃除係A「出たよ、また、お前の陰謀論が」

掃除係B「ちっ…」

蒼星石「しかし、彼の言う陰謀論も馬鹿にはできないかもね」

掃除係B「蒼星石…?」

薔薇水晶「蒼星石、何を言い出すのです? 仮にも庭師連盟名誉会員のあなたが…?」

蒼星石「いや、一歩引いてみれば、連盟の陰謀という考え方ももっともなことだと思うよ? 薔薇水晶」

薔薇水晶「……」

蒼星石「庭師クエストは便利なシステムだ。けど、便利さに盲目になってはいけないぐらいの心構えはあって然るべき」



学芸員「なるほどなるほど、まったくもってそのとおりでございますな。蒼星石嬢からその言葉が聞けるとは」ヌッ



蒼星石「…今度はネクロポリタン美術館の学芸員(キュレーター)のご登場か、目移りしすぎて船酔いしそうだ」

学芸員「久しぶりの再会ですのに、辛辣ですなぁ。蒼星石もなかなかどうして水銀燈に似て苛烈であられる」

渡し守「また珍しい奴が来たな。ネクロポリタンは狩庭師に消極的な態度をとっていたのでは?」

学芸員「消極的ですよ。ですから本日の作戦に参加しているネクロポリタンは私一人だけです」

薔薇水晶「ということは、この広間内の他の方々は東果や渡し守ばかりなのでしょうか」キョロキョロ

蒼星石「いや、その他の小勢力に所属している人達や、何にも属さない在野の方もいるはずだ」

薔薇水晶「nのフィールドは複雑ですね」

珪孔雀「ふぇええ…! 次から次へと過去キャラが登場して辛いですぅ~、雪華お姉様」

雪華綺晶「nフィーの四大勢力は出つくしましたから、もう大丈夫ですよ珪孔雀」

掃除係長「…キュレーターさんお一人様だとしても、ネクロポリタンが珍しいのには変わりねぇな」

渡し守「アトラク=ワカメで困っているのは、制海権に影響が出そうなウチか東果だ。美術館は何も困らないはずでは?」

学芸員「美術館は困りませんが、私は困ります」

薔薇水晶「あなたが…困る?」

学芸員「好きなんですよ、海が。その海が緑の悪魔に侵されていくのをただ眺めているのは悲しいものです」

掃除係A「うさんくせぇなあ…」

掃除係B「珍しく意見がお前と合うな。こっちもうさんくさいと思っていたところだ」

雪華綺晶「私はいいと思いますよ? 彼のような考え方、シンプルで好意に値します」

掃除係A「いや、好き嫌いの問題じゃあないっつーの。雪華たんったら、もう~」

学芸員「ところで、水銀燈もこの船に乗られているのですか? 蒼星石?」

蒼星石「ああ、おそらく甲板上のどこかで海を眺めているはずさ。探してみれば、すぐ見つかると思うけど?」

学芸員「…やめておきます。水銀燈があなた方と別行動されているということは、一人でいたいということでしょうから」

薔薇水晶「賢明ですね」

学芸員「短い付き合いではありますが、私も少しは水銀燈お嬢の気持ちを慮れるようになりましたので」

掃除係長「それじゃあ、お互い軽く挨拶も済んだところで、飯も済ませちまおうぜ。ほら、みんなの分を持ってきたぞ」

珪孔雀「私も飲み物をお持ちしたんだから~」

薔薇水晶「これはこれは…」

掃除係A「俺らさっき食べたばかりなのに、まだ食うんすか隊長」

掃除係B「残しても片付けるのはどうせ掃除係の我々だからな…。少しでも減らしておきたいんだろうさ、隊長は」

蒼星石「何であれ、お残しはもったいないよね。僕達も食事をご一緒しよう」

学芸員「いかにも喜ばしい心がけ。時代はエコでサステナブルでリデュースですからなぁ」

渡し守「俺もさっき食ったばかりだが、こうして大勢でまた食べるってのも悪くねぇな」

雪華綺晶「そうですわね。やはり食事は大勢が楽しいものです」

渡し守「お前がそう言うと、素直に楽しめねぇよ…」

雪華綺晶「あらあら、うふふ…」

掃除係長「どうせ、この後の俺達の仕事は後味が決して良くねぇ作戦だ。美味しくモノが食えるのは今だけってな」

珪孔雀「係長さん…」

学芸員「野暮なことを言いなさる」

渡し守「そんなのは皆、覚悟の上だろう。海にカビ毒を撒くなんぞ、常時であれば忌むべき行為。だが、それでも…」

雪華綺晶「そうするしかないのであればそうする。その覚悟のあるものだけがこの船に乗っているはずでは?」

渡し守「また、お前はそういうこと言う」

掃除係A「東果のモンなら、こういうゲスい作戦は慣れっこだよなあ?」

掃除係B「それもそうだが、ドヤ顔して言うようなことでもないだろ」

薔薇水晶「この船の人達は、確かに皆が覚悟して…割り切ってもいる。奇妙な一体感すらあるようですね、蒼星石」

蒼星石「ああ…」



§ 数時間後・カビ散布作戦も無事に終了した帰途の甲板にて

水銀燈「…終わってみれば、どうってことない庭仕事だったわぁ。難易度C+だったのにも納得」

蒼星石「実作業は船の上からカビを落とすだけだからね。苦労したのは潮流や投下ポイントを計算したデスクワークの皆さんだ」

水銀燈「…珪孔雀達の姿が見えないようだけど?」

蒼星石「彼女達は船内広間で、みんなと一緒にささやかな打ち上げ会をやってるよ」

水銀燈「ナナキ達も?」

蒼星石「うん。ナナキさんもシキさんも、東果に渡し守、その他大勢も作戦参加者はみんな船内。甲板に残っているのは君と僕だけ」

水銀燈「…この作戦、成功したのよね?」

蒼星石「当然。投下後のカビの広がり方も、見る限りシミュレーションどおりだ。シミュレーションどおり、この海域の生命を絶つ」

水銀燈「そして、兵糧攻めにあったアトラク=ワカメは正常な群密度に沈静化する、か」

蒼星石「…真紅達なら別の方法を考えだしたのかなぁ?」

水銀燈「かもね」

蒼星石「かもね…、ね。あり得ないと言わないあたり、君は真紅を高く買っているようだ」

水銀燈「馬鹿お言いでないわよ。アンタだって真紅や翠星石、雛苺の持つ閃きの可能性を過小評価しているわけでもあるまいに」

蒼星石「……」

水銀燈「真紅達に相談していれば、可能性は低いものの、変な犠牲を出さずにワカメだけ抑える策が生まれたかもしれない」

蒼星石「……」

水銀燈「でも、アンタは真紅達に相談しなかった。だから私も、金糸雀に相談するような真似は敢えてしなかった」

蒼星石「へぇ? 金糸雀のことは忘れてたわけじゃあなかったんだ」

水銀燈「…初めに言っていたアンタの苦渋の判断ってのが意味するのは、可能性の低い賭けを避けたことだと思っていた」

蒼星石「そのとおりだよ。可能性の問題だけで、僕は翠星石にも黙って今回のカビ作戦の方に賛同した」

水銀燈「つまり、大を生かすために小を殺す作戦そのものよりも、姉妹を信じきれなかった方が辛い?」

蒼星石「うん。水銀燈お姉ちゃんには全部、お見通しかぁ」

水銀燈「見くびられたものね。そんな用意された答えで私が満足するわけないでしょ」

蒼星石「水銀燈…!?」

水銀燈「アンタは回りくどい言い方は嫌いだったはずだけど、それ以上に真実をまっすぐ話すのも嫌いなようねぇ」

蒼星石「真実?」

水銀燈「アンタはやはり、大を生かすために小を殺す作戦に心を痛めていた」

蒼星石「水銀燈、それは違う。僕は合理的な今回の作戦には、きちんと納得も覚悟もできている」

水銀燈「ワカメとカビの話じゃあない。それよりももっと大きな…、nフィーの勢力レベルの話よ」

蒼星石「…ッ!?」

水銀燈「後味の悪い作戦を、nフィーの各勢力が共働したことで、勢力間の敵愾心が削がれるのを期待してたんでしょ?」

蒼星石「まさか、そんな大それたことを僕が考えるとでも?」

水銀燈「考えるわよ、アンタって無駄に責任感が大きいもの」

蒼星石「……」

水銀燈「……」

蒼星石「アリスゲームで…」

水銀燈「…?」

蒼星石「アリスゲームで知ってしまったんだ。後ろめたさでも、人の絆はとても強くなるものなんだって」

水銀燈「結菱一葉…」

蒼星石「学芸員まで来ていたのは計算外だったけど、少なくとも庭師、東果、渡し守の間の絆は強まり、火種は小さくなった」

水銀燈「そうね、nフィー勢力間の争いが減れば、ワカメ災害の比にならないほどの大を生かすことに繋がる」

蒼星石「……」

水銀燈「けれども最低の発想だわ。このカビ作戦が正しいと信じて、葛藤を抱えながらも覚悟した人達全ての心を利用している」

蒼星石「そうだね」

水銀燈「別にアンタは何も悪い行動はとっていない。ただ、粛々とカビ作戦に参加しただけ。でも、みんなと目的を異にしていた」

蒼星石「そうだ」

水銀燈「未来の勢力争いの犠牲者を出さないという大なる目的を生かすため、アンタは小を殺すことを選んだ」

蒼星石「……」

水銀燈「殺された小は、アンタの良心ってところかしらね」

蒼星石「水銀燈…」

水銀燈「何? 私の発言が間違っているっていうのなら、謝るわ。確かにちょっと言いすぎ…」

蒼星石「ごめん、しばらく僕の顔、見ないでいてくれるかな」

水銀燈「…別に、私は最初っから海しか見ていないわよ」



誰が蒼星石の心を殺したか? 【終】



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2020/02/24 00:05:50 コメント10 ユーザータグ ローゼンメイデン

コメント

※156800No name:2020/02/24 00:29:08
水銀おねえちゃんがなにか悩んだりしたとき相談する相手は…カナ!普段はツンツンだけど実力と策士ぶりは認めてるってハッキリ分かんだね
※156801No name:2020/02/24 00:44:01
黒と青のこういうやりとりは重いけど秀逸ですな
※156803No name:2020/02/24 02:01:30
真紅だったらどれだけ掛かっても狩りつくすとか言いそう
※156804No name:2020/02/24 02:35:45
原作の真紅が犠牲を避けたがるのって、水銀燈への対抗心が原点だった気がする
というか、ここの真紅はジュンや他の人間勢への態度から察するに、博愛精神なぞとっくの昔に捨ててるだろ
確かジュンが吐血するまで責め倒してたような……
※156807No name:2020/02/24 11:29:08
久々のシリアスの中にも

>>蒼星石「いや、挨拶は大事だ。古事記にもそう書いてある。

などとねじ込む管理人さんマジパネェ。

ときに、次の記事とか前の記事とかに移動できなくなったのなんぞ。
※156808No name:2020/02/24 12:35:10
懐かしキャラ勢揃いイイゾ~コレ
掃除係の三人は捨て駒同然の特殊部隊から掃除係とか、
左遷なのか安全な部署に移転ヤッターなのか・・・・

真紅=サンに相談してればギャグ補正で「ワカメなんて食い尽くせばいいのだわ!だわだわ!」とかなって、
いつもみたいにnフィー不思議生物には勝てなかったですぅオチになってたかもしれないから、多少はね?
あと金糸雀の場合はガチで有効な手段を思いついちゃうかもしれないから、
大長編でハブられる出木杉くん扱いも仕方ないね

ていうか、バレンタインでメタル女子中学生の軍団100人とチョコ攻防戦をしていた桜田ファミリアと、
今回のシリアス蒼の差・・・・同じ薔薇乙女なのにどこで差が・・・・慢心・・・環境・・・アリスの地位の差・・・・
※156817No name:2020/02/24 17:28:30
全盛期のワカメ伝説
・ニュージーランドでは指名手配され、オーストラリアは駆除を断念する
・ヨーロッパに至っては「3番目に侵略的な海藻」とされている
・侵食していないのはアフリカ大陸と南極大陸のみ
・実は韓国人はワカメ大好き、天然のワカメはブランド化されているほど
※156835No name:2020/02/28 09:20:41
三馬鹿が出ないとシリアスになる、久々のパターンだけどこっちも大好物だわ
※156901No name:2020/03/03 23:11:33
やっぱりローゼンのシリアスは最高だ…
人形が人間らしく心を痛めるってのがいいな
過去キャラも久しぶりに見られてよかった
こういう感じ最高
※158779No name:2020/05/12 01:04:23
真紅なら全部もぎ取ってのりわかめにでもして売っぱらうな……

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